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とってもバレンタインなクリスマス♪ [想い]

 今年に入って初めて書く記事。
 何にしよう、何にしようと思い悩んだ挙句のこのタイトル
 おっと、タイトルのご説明より先に、まずは新年のご挨拶。

 あけましておめでとうございます^^; ♪ …って、今、何月よ?!(恒例のひとりボケツッコミ)

 ではでは、タイトルのご説明を。
 すでに季節感がごちゃごちゃになっとるやないか!! …ですが、これには深~いワケがありまして。

 
 去年は、ホント悩み多き年でして。(あ、一昨年もそうだったかも)
 悩みとコラムの量は反比例する。
 悩みが多すぎると、語りたいことが少なくなる。
 いや、語りたいことはたくさんある。
 でも、それは単なる愚痴でしかなく、自分の中で処理しきれない膿のようなものを垂れ流しているに過ぎない。
 誰だって、人の愚痴や後ろ向きなコトは聞きたくも読みたくもない。
 自分の気力が充実してないと、良いモノは書けない。
 シナリオ然り。もちろん、コラムも。
 自分が納得出来ないものを、人様にお見せできるわけがない。
 というわけで、どんどん書くことが出来なくなる、という悪循環になるのだ。

 コトの起こりは、日常生活ではよくある、友人との仲違い。
 ケンカであれば、仲直りは出来る。
 しかし、人格の否定であれば、仲直りは容易ではない。

 人を信じられない自分がいる。
 もう、ただそれだけで、生きることが辛くなる。
 こういうとき、想像力があり過ぎるということは、短所以外の何物でもなくなる。

 仲違いをした友人はひとりだけなのに、周りにいるすべての人たちが、実は誰も言わないだけで心の底では私のことを疎ましく思っているのでは? 嫌っているのでは?という被害妄想に陥る。
 私は、好きなひととしか友人付き合いをしないから、傍にいるひとはみんな好きだけど、相手がどう思っているか本当のところはわからない。
そんな人たちではないとわかっていても、被害妄想というのは、自分の手には負えない速さで醜く脳内を巣くい、心を蝕んでいく…。
 そういうモードのときは、私の落ち込みの元凶を知っている友人の優しい言葉には、とても感謝しているし有難いけれど、残念ながら慰めにはならない。

 人に話して解決する悩みは、さほどの悩みではない、と私は常々思っている。それは人に助言を求める、相談、である。
 助言に頼るのではなく、慰めに甘えるのではなく、地の底を這うようにのた打ち回って苦しみ、考え抜き、その中で浮上して自らが答えを出すようなことこそ、真の悩みなのではないか、と。

 だから誰にも何も聞かないし、ただひたすら自分一人で殻に閉じこもって、なるべく人との接触を避け、ひたすら何かを考え、気持ちが浮上するのを待つ。傷ついた獣が、外敵に見つからない場所に隠れ、物も食べず水も飲まず、ただひたすらに傷が癒えるのを待つかのように…。


 だが、どんなに傷ついても傷つけられても、朝は来る。
 人間の日常生活は待ったなしなのだ。
 仕事をし、人と会話をし、心とは反比例しても、微笑まなくてはならないときがある。

 殻に閉じこもるのは、主に深夜。
 世の中が眠りに落ちる真夜中に、自分で作った殻に閉じこもる。
 心に刺さった氷の棘は、季節が変わっても一向に溶けず、ずっと私を苦しくさせた。

 しかし。

 そういう過程の中で、見えてなかった自分の欠点や配慮の足りなさ、などを発見する。

 『人は、傷ついて反省するものなり』

 それからは、自己嫌悪の日々…。


 そんな、被害妄想と自己嫌悪の繰り返しを過ごしていた私が、最大に癒されたのは、クリスマスに届いた贈り物だった。
 北の大地に住む友人と、西に住む友人から、偶然同じ日に、同じ贈り物が届いたのだ。
 二人には何の接点もないのだから、示し合わせて同じ贈り物をするはずはないのだが、奇しくも届いた贈り物は、チョコレート。
 北の大地では、知らない人はいないだろう有名なチョコレート店のもの。
 西では、人生の中で必ず一度は口にしているだろう有名菓子店のもの。
 どちらも、私の大好きな店のチョコレートだった。

 チョコレートの成分は、苦いカカオ。
 それでも、口に含むと甘さが口いっぱいに広がっていく。
 甘さと苦さが、交差しながら口の中で溶けていくとき、私の心に刺さった氷の棘も、ようやく溶けていくようだった。

 添えられたクリスマスカードには、一年に一度逢えるか逢えないかの関係なのに、温かい心が満ちていた。
 もちろんチョコレートも嬉しいが、それ以上に、カードに添えられた言葉が嬉しかった。
 私の悩みなど知る由もない、二人の友人。
 だけど、カードからは溢れんばかりの温かい心が伝わってきた。
 この世に、これ以上素敵な贈り物があるだろうか?

 『この空の下、私のことを忘れず想ってくれているひとがいる』

 そう実感出来るからこそ、人は生きていける。

 自分で作った人間不信という名の殻に自ら閉じこもって、被害妄想と自己嫌悪に明け暮れて過ごした日々。
 その殻は硬く、中は冷たく、対外的には普通に振舞いながらも、心はいつも凍えていた。
 春の暖かさでも、夏の暑さの中でも溶けなかった氷の棘が、これから冬到来真っ盛りのクリスマスに、一気に溶けたのだ。

 それからは。

 ひとの言葉を素直に聴けるようになっていた。
 
 『どんな傷も、時の流れの中で癒される』

 私は、やっと普通の感覚を取り戻したのだ。

 時間は前にしか進まない。
 過去へ戻って、友人と仲違いする前には戻れない。
 だけど、お互いにとって本当に必要なひとならば、関係は修復するだろう。必要のないひとならば、このまま風化していくだけだ。
 だけど、もうそれについて悩むことはない。
 酷い被害妄想に陥ることもない。
 こんな私を、好きだと言ってくれる友人がいる。
 どんなに遠く離れていても、心がつながっているひとが、私の周りにいるのだから。


 私の危機を救ってくれた二人の友人には、バレンタインデーに、感謝と愛を込めたカードとクッキーを贈るつもりである。

 ん?
 バレンタインなのに、なぜクッキー?

 …とお思いでしょうか? 
 それとも聡明な読者さまは、このシャレがお分かりでしょうか?^^;

 説明しよう。
 クリスマスがバレンタインデーなら、バレンタインデーはホワイトデーの贈り物で季節を先取りしよう♪ …ってことです。二人にも、このくだらないシャレがわかってもらえるかしら(笑)

 しかし。
 なまじシャレを理解して、ホワイトデーに柏餅のお返しがきてしまったら…?

 …さて、この次は何を贈ろうか?


 
 
 



真夜中の散歩 [想い]

真夜中というには、少し朝に近く、朝というには、あまりに暗い。
そんな、中途半端な午前4時。
私は、そっと散歩に出掛ける。

どの窓にもほとんど明かりはなく、皆が眠っている時間。
目覚めていない、夜の空気。
…夜の時間は音も光もなく、ただ静かに流れる?
否。
夜にも音が、光が、ある。
虫の音。用水路の水の音。新聞配達人のバイクの音。
月の明かり。星の瞬き。マンションの常夜灯。時折走るタクシーのテールランプ。ラスタなライブ照明のように色を変え続ける信号機。
夢や眠りを妨げない音や光が、真夜中には存在する。

夜の空気が好き。
月の明かりが好き。
星の瞬きが好き。
残暑厳しい昼間のような熱気はなく、ノースリーブのシャツでは肌寒いくらいの空気の中、ただ、歩く。

私は、四六時中、何かを考えている。
シナリオの題材だったり。
自分のこと、他人の気持ち。
取るに足らないこと。くだらないこと。
答えの出ることから、出ないことまで。
眠っている時でさえ、夢を見る。
現実的な夢、非現実的な夢。
常に何かを考えながら、生きている。

今年も一作、何か舞台をやりたくて。
書いていたシナリオは、ラストを描ききれず、ファイルを閉じてしまった。
半分だけのシナリオ。
何の意味もない、シナリオ。
再びファイルを開けて、続きを紡がれるのを待っている。
いつも、その続きを考えている。
すでに書き上げた織田教授と鈴木のセリフは、何度も口ずさんで覚えてしまった。
なのに、白紙の行の続きが書けない…。

無心になれるとき。
ライトをあてているとき。
歌っているそのひとに。音楽を奏でているそのひとに。
一瞬の光のシャワーをあてる。
そのひとを照らすのではなく、空気に色を付け、そのひとの音楽に色を添える。
照明のライトのせいじゃなく、そのひとそのものが輝く瞬間、そのひとの心を照らしたような感覚に陥り、無心になれる気がする。
頭で考えず、その瞬間の気持ちが、指先から伝わる。

想いを伝えるのは、いつも指先から。
言葉も、照明も、指先から伝える。

無心になりたくて、黙々と夜の道をひたすら歩いていても、指先が凍っていくように感じる。
頭は常に何かを考えていて、指先にはその言葉は伝わらない。

人の気持ち。
答えを出さなきゃならないこともある。
なのに、未だ答えを出せないでいる。

頭上には、瞬くオリオン座。少し欠け始めた月…。
少しの間、空を見上げていると、星が流れた。
心の中で呪文のように願い事をつぶやく。
でもきっと、私の願いは叶わない。

真夜中の散歩は、まるで迷路に迷い込んだかのよう…。



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