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私は私のままで、あなたは、あなたのままでいい。 [愛の話]

 最近、「箸の持ち方が悪い」と指摘されました。

 どうも、いらっしゃいまし。
 爽やかな香味のミントティーなどいかがですか?

 12月に入って初めての更新です。
 師走は、まさに風のような速さで駆け抜けていきます。
 11月25日のフリーキーショウでの演劇「雨」が終わったあとも、フリーキーでみかん遊演団の公演、12月からは隔週金曜日に静岡の商業施設ぺガサートでパントマイム劇「五分間の奇跡」、12月23日は、しずおか大道芸のまちをつくる会(通称しまる会)による「クリスマス大道芸」を、清水のエスパルスドリームプラザにて。
 なんやかんやと忙しく、2009年が慌しく過ぎていきます。

 今年は、「出逢いの年」でした。
 去年もそうでしたが、今年は去年以上に「出逢い」がたくさんありました。
 冒頭の「箸の持ち方が悪い」と指摘してくれたのは、たびたびブログに登場するK氏なのですが、彼との出逢いも今年の3月、早いもので知り合ってから9ヶ月が経とうとしている。
 9ヶ月と言えば、小さく宿った生命が、ヒトの姿をして現世に生まれ出てくるまでに成長するくらいの歳月ですよ。(今年5月に結婚した義弟の子供が、来年2月に生まれます)だけど、K氏と私の関係は知り合った当初よりも遠くなっている気がする。
 やはり、K氏と私の関係は「水と油の関係」なのだろうか?
 
 「解んないから、お互い手を差し伸べるんだ」

 というセリフ。
 アニメか映画のセリフの一節らしいですが、みかん遊演団のカメラマン&パントマイム博士のTちゃんが教えてくれた。
 確かに、解らないから解りたいと思う。「解り合いたい」から、そのために「手を差し伸べる」んだ。
 それが「お互い」であるから、関係は成立する。
 片方が手を差し伸べても、片方がその手を振り払ったら、関係は成立しない。
 「出逢い」によって、「知り合い」にはなれても、「友人」になれるには資格がいるのかもしれない。
 フィーリング、感性、趣味、価値観、さまざまなもので選別して、友人になれる人、なれない人に分けられる。
 私は、今年出逢った何人の人に「友人」だと感じてもらえているのだろうか?

 さて。
 最近は、舞台や大道芸の告知ばかりで、コラムを書くことが少なくなりました。
 今年最後の更新になるかもしれないので、今日は久しぶりにお題をもうけたコラムを一本書きたいと思います。お題「コトバと、人間の関係性について」です。

 「関係性」って何だかお堅い言葉だけど、人は、いつでも何らかの「関係」を人と築いている。
 親子関係、友人関係、恋人関係、夫婦関係、仕事(仲間)関係……。
 その関係性を築くのに基本となるのは、やっぱり「言葉」だと思っている。
 私はずっと昔から「本音で話さなければ、人と人なんて解り合えない!!」と思ってる人間なのですが、この「本音」というのは、果たして何なのか? というのが、最近わからなくなってきました。
 辞書で調べると、『本音』とは「真実の感情、欲求。本心から出た言葉」……と、実に曖昧な説明なんですけど。じゃあ、「真実の感情って何?」「本心って何?」ってツッコミたくなるわけですな。で、『本心』を調べると、「本当の心(まんまやん!!) 偽りや飾りのない言葉」……となっている。で、ついでに『真実』を調べると(シツコイ?)、「嘘偽りのないこと。本当のこと」……何だか、辞書って堂々巡りだなぁ(笑)

 私の考える「本音」は、「偽りや飾りのない生の言葉」と、解釈してる。
 私は自他とも認める「感覚の人間」なので、感情が常に暴走している気がする。
 空気を読めない? 空気を読まない? 人とのコミュニケーションが取りづらいし、言ってはならないことを言って人を怒らせたり不愉快にさせることがしばしばある。
 あまる氏曰く、私は「トドメを刺す」言葉を発しているらしい。
 いわゆる「本音」=「偽りや飾りのない生の言葉」というのは、実は、諸刃の剣のようなもの。
 私の場合、「コトバ」は、「言の葉」ではなく、「言の刃」なのである。

 しかも、この「言ってはならないコトバ」というのは、人それぞれ違うもので、Aさんには何でもないことでも、Bさんにはそれを言った瞬間に烈火のごとく怒られる……ということもある。
 以前、芝居関連で知り合ったYちゃんに「Yちゃんってカワイイね」と言ったら嫌われた。別にお世辞を言ったわけでなく、彼女の表情や仕草が可愛くて、見ていてつい口から出たのだが、容姿を褒められるのは嫌なのだそうだ。それからの彼女は、私に対して口数が極端に少なくなってしまった。
 「口は災いの元」と言うが、これもそうなのか??? 人の心の中って本当に複雑怪奇。

 「本音」も、人によってかなり解釈に違いがある。
 殿と会話の中で、「ホンネとは何か?」という話題になった。
 私が、「本音=偽りや飾りのない生の言葉」と解釈するのとは違い、殿は、「本音=自分にもわからない心の中のこと」と解釈するそうだ。(辞書の意味とはかなり違うけど)
 でも、こう解釈する人は多いみたいで、芝居関連で知り合った人たちにも、「何が本音かなんて、そんなのわからないもんじゃない?」と言われたことがあった。
 つまり、こう解釈する人は、私のことを「本音をしゃべっているのではなく、今考えたことをしゃべっているだけだ」ということになる。
 しかし、議論したりすれば、その人間の「人生の中で培った考え」というのもがおのずと出る。それは、「今考えたこと」ではなく、生きてきた過程を経て思う自分の意見じゃないのだろうか?
 自分の人生の中で経験してきたこと、実感したこと、考えたこと。それが意見の基本にあるのなら、それはその人の「本音」だと思うのだ。そして、その本音をキレイな言葉で飾った瞬間、それは「生の言葉」ではなくなる。自分の言いたいことがぼける。伝えたいことが伝わらない。本音でないのなら、その程度のものなら、何も無理やり言葉にして発する必要はないんじゃないか? とすら思ってしまう。
 キツイ言葉は、確かに人を傷付けることもある。
 でも、言う方はおそらく傷付けてやろうというイジワルな気持ちで言ってるわけじゃない。
 「厳しさ」と「優しさ」は、表裏一体。
 愛情の反対は、憎悪ではなくて無感情、無関心。
 相手に対して、何の関心もなくなることこそが、愛情の終わり。
 関心のない人に、人は労力を使わない。苦言を呈さない。何も、好き好んで人に嫌われる必要はない。苦言を呈するのは、相手のためを思ってのことだ。
 ……と、私は思っているので、K氏から「箸の持ち方が悪い」と指摘されてからずっと、箸を手に取るたびに何となく意識して直すように努めている。あまのじゃくなくせに、こういうところは素直だったりする。(…って自分で言うな)
 私のことを知っている人に、どんな言葉を言われても、私は傷付かない。傷付かないようにしている。むしろ、嬉しくさえ感じる。(お断りしておくがMではない)

 過去記事の「目からウロコが落ちた、心温まるセリフとは?」で登場する私の師匠は、仕事を離れると穏やかな人なのだけど、仕事に関しては本当に厳しい人だった。
 女だからといって決して甘やかしてはくれないし、罵声も怒声も当たり前にあった。
 でもそれは、師匠は、私を一人前に仕込もうと思ってくれていたからだ、と信じている。
 厳しく厳しく叩きのめすほど厳しくして、それでも立ち向かってくる根性を試されていたのだと思う。時間と労力を使う以上、すぐに根を上げる人間を一人前にする価値がないと考えたのかもしれない。
 涙ぐみそうになると「帰れ!!」と怒鳴られ、慌てて唇をかみ締めた。「わかりません」なんて言葉を使おうものなら、烈火のごとく怒られる。その日にわからなかったことは、次の日までに何が何でも調べて行った。
 それが「本当にやりたいこと」ならば、「わかって当たり前」「やって当たり前」の世界である。
 厳しさにへこたれることもある。心が折れそうなこともある。でも、それは自分が「望んでやっていること」の代償だ。「何かを本気で手に入れたいと望むなら、努力しなくちゃならない」のである。
 もちろん、これは「義務」じゃない。誰かに「やらされている」わけじゃない。
 人生の決定権は自分自身が持っているのだから、厳しさについていけないなら、嫌になったなら、辞めればいい。誰も引き止めはしない。
 師匠は、決して「厳しさ」のあとに「優しさ」は付け加えない。
 「厳しさ」の中に「優しさ」を見つけるのは、厳しく言われた当人なのだ、と今まで私は思っていた。

 師匠は、私の憧れのひとだ。
 「自分」というものの核がブレないひと。
 「俺は俺だ、文句があるならついてくるな」と背中で語るひと。
 そういう揺るぎない信念を持ったひと。
 厳しい口調は、そのままカタチを変えた「優しさ」である。
 瞳の奥の真剣な眼差しから、私はそれを感じた。
 揺るぎない信念は、一昼夜で身につくものじゃない。師匠の長い人生をかけて培ってきたものだ。
 どんな怒声も罵声も、私を傷付けない。
 だとすると、私が「言の刃」で人を傷付けるのは、師匠のような人生修行が足りないからか? 師匠のように、相手を観察してコトバを使い分けることをすべきなのか?

 でも。
 師匠は師匠であって、私は、師匠と同じにはなれない。
 私は、私にしかなれない。
 もちろん、あなたは、あなたにしかなれない。
 誰もが、「自分」でしかありえないのだ。
 師匠の真似をしても、師匠にはなれない。
 私は、私自身のコトバで人と付き合っていかなくちゃならない。

 それが、すべて感覚で生きてる私にとって難しいことこの上ない。
 すべての人に好かれるものも、嫌われるものも、この世にはないと思うから。
 五感で感じるものすべて、人それぞれ好みがある。
 香水を「いい匂い」と感じるか「臭い」と感じるかは、その人の嗅覚次第。
 ワインを「美味い」と感じるか、「不味い」と感じるかは、その人の味覚次第。
 芝居も映画もドラマも、「面白い」と感じるか、「くだらない」と感じるかは、その人の感性次第。
 人はどんな言葉で傷付くのか? それは、その人が生きてきた人生次第である。
 感覚とは説明出来ないもので、自分と同じ感性を持ってる人のことはある程度わかっても、違う感性の人のことはわからない。幼なじみならいざ知らず、知り合ったばかりの人間のそれを想像するのは、推理小説の謎を解くよりも難しい。人の心は、優れた探偵にだって100%正確には読めないのだから。

 世間の人、特に日本人は、「自分がどう思う」ことよりも、「周りはどう思うか?」とか「周りからどう見えるか?」ということの方が大事だったりするけれど、ストレス溜めてまで、周りに合わせても周りから感謝されるわけじゃない。「いい人」とは思われるかもしれないけど、ただそれだけ。
 私にとって、世間はどうでもいい。
 私は私の言葉で話したいし、相手の言葉を聞きたい。
 本音を聞きたい。
 キツイ言葉でもかまわない。
 それが、あなたの生の言葉なら。
 私は私のままで、あなたは、あなたのままでいい。
 究極に言えば、本音をさらけ出しあって、傷つけあって、それでもまだなお解り合いたいから、お互いが手を伸ばす……人とは、そんな関係を築きたいと思ってる。
 それが「人と付き合う」ことじゃないのか、と。
 お互いがエネルギーを出せば出すほどに、惹かれあう。近づける。解り合える。
 好きだから知りたい。
 知りたいから聞く。
 解って欲しいから、話す。
 それが「生きた関係」ではないのか、と。
 エネルギーの出し惜しみをして、傷付けないように……とおそるおそる手を伸ばして、相手の顔色を窺いながら触れることじゃないはずだ。
 偽りの優しさが欲しいのなら、いくらだって提供出来る。でもそんな関係は長続きしない。いや、もしかしたら「関係」とすら呼べないかもしれない。単なる「ごっこ」に過ぎない。「ごっこ」なんて何の意味もない。社交辞令や優しさごっこからは、何も響かない、沁みてこない。心が温かくならない。
 自分が傷付けられたくないから、相手も傷付けない。初めから失敗をおそれて付き合う関係なんて、ウソくさい。たとえ傷付けたとしても、傷付いたとしても、お互いが解り合えたら、関係は必ず再生出来るはず。そのまま壊れてしまうなら、それだけの関係だったということだ。

 それが、「生きる」ってことでしょう?

 私は。
 人生の中で、嫌なことも苦しいこともたくさんあったけれど、それをひっくるめて、今まで生きてきた人生を愛してるから、愛そうとしてるから、この性格も愛してる。
 コトバが、「言の刃」な自分も、ひっくるめて愛してる。
 未熟な自分も、コドモな自分も、何もかも。私は私なりに、一生懸命自分の人生を生きてきた。私が私を愛してあげなくちゃ、心の行き場所がなくなるもの。
 でも。
 だからこそ。
 コトバを、「言の刃」から、「言の葉」にするのも、私次第。
 十人中、十人に好かれたいと思わないけど。
 自分の「本音」や「素」で付き合って、それでも「好き」と思ってくれる人が少し居ればいいと今でも思ってるし、今さら、「協調性」や「社会性」がどうの、人の顔色窺って空気を読む気にはなれない。
 ただ、「相手は私と同じじゃない」ということを忘れないようにしよう。
 誰がどんな言葉で、何に傷付くのかわからない。
 わからないけど、想像してみる。
 世の中には、心が強い人も弱い人もいろいろいるってこと。傷付けないために、おそるおそる話すわけじゃないけれど、むやみやたらに人を傷つけないために。

 ほんの少しだけやわらかく、しなやかに、コトバを使える人になる。
 深呼吸して、穏やかにコトバを話せる人になる。
 コトバ以外の感情を探ってみる。
 これ、来年の目標にしようと思ってたけど、そんな悠長なことを言ってたら100年かかったってなれない。
 「なりたい」じゃなく、「なる」んだから。
 今日から。いや、今から実行しよう。
 『私は、私らしく。でも、ほんの少しだけ、やわらかく』
 ね?

 ……K氏に、お箸の持ち方だけじゃなく、コトバの極意も教わった方がいいでしょうか?


 それではお茶にいたしましょう。
 昨日はみかん忘年会で、お好み焼きを何枚もひっくり返して焼きながら、朝まで日本酒の瓶を抱えてチビチビと飲んでおりました。(……どんな忘年会?)
 なので本日は迎え酒、いえ、ハーブをブレンドした紅茶をいただきましょう。
 ポットの中に紅茶の葉と共にミントを加えて、ミントティーを。
 ミントは、ペパーミント、スペアミント、アップルミント……お好みのものを。
 ミントの清涼感が、頭をスッキリさせてくれます。
 ではまた次回、お逢いしましょう……♪


2009-12-27 22:19  nice!(2)  コメント(3)  トラックバック(0) 
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目からウロコが落ちた、心温まる「セリフ」とは? [愛の話]

 「雑音は聞くな。見えないものまで想像するな。目の前の現実だけを見ろ」

 ……師と仰ぐひとに、最近教えられた言葉。

 このセリフは、私の性格を把握してなきゃ言えない言葉でして。
 殿以外では、今のところ、おそらくこのひとにしか言えない言葉のような気がする。
 捉えどころがなく、風のような、空気のような、それでいて存在感のある、飄々としたひと。安心というか信頼というか。実は生き別れの兄妹なのだよと聞かされても、おそらく驚かない。「やっぱり」と思ってしまうかもしれないくらい違和感がない。
 聞き役に徹することが多くて、容易く言葉をくれないけれど、必要なとき、折れそうなとき、心から言葉を欲しているときには、必ず意味のある言葉をくれる。砂漠でオアシスを見つけたときって、こういう思いなんだろうな、といつも思う。
 
 私は非常に「メンドクサイ」性格の人間で(人生の中で一番多く言われてる言葉が「メンドクサイ人~」かもしれない)、頭が固くて許容範囲が狭く、思い込みの激しい性格。おまけに浮き沈みの激しいネガティブ思考。……書いてて思った。負のオーラ満載。どんだけ嫌な人間なのでしょうね。絶対友達にはなりたくないタイプですな(笑)
 結局、こういう人間は他人に迷惑をかけながら生きている……と言っても過言ではないわけで。
 運がいいのか、世の中面倒見のいい人が多いのか、はたまた「珍獣的小動物」がものめずらしいのか(笑)、私の周りには優しい人が多くいる。周りの人の優しさに支えられて、今日も何とか生きてます。
 今回の言葉は、行き詰まりを感じている人間関係についてのヒトコト。
 本日のお題「言葉と同じくらい大切なものは?」です。


 「寡黙な人は、何を考えているかわからない」
 ……と、世間ではよく言われます。
 でも、「寡黙な人は、何も考えてないわけじゃない」のです。
 寡黙なひと、と言えば。最近よく私のブログに名前が登場する「K氏」。師の寡黙さとは似ているけど何か違う気もする。寡黙さに何の違いがあるんだ?と聞かれても、何となく雰囲気でとしか答えられませんが、似てるけど違う。違うけど似てる。……どっちなんだ?!
 ま、「何を考えてるかわからないとか、何も考えてないとか思われていても一向に構わない」、と思ってるところは一緒かもしれませんな。
 それでは。
 「寡黙な人が考えていることを、どうしたら知ることが出来るでしょう?」

 かなり昔の話ですが。
 知り合った当初、師に対して、
 「思ってることは、言ってくれなきゃわからない」と言ったとき、
 「思ってることを、すべて言ったってわからない」と答えが返ってきた。

 ……。
 まるで禅問答です。未だにわかりません。
 伝えようとする手段に「言葉」があるのでは?
 それを「すべて言ったってわからない」とは?
 ???
 謎です。ミステリーです。
 誰か答えを教えてください。
 フィリップ・マーロウになら、この謎が解けるのでしょうか?

 そんな禅問答のような答えを返す師なのですが。
 今回のセリフが響いたのは、今の私に一番必要な言葉だったから。
 心が折れそうな、そんなときにくれた救いの言葉だったから。

 「雑音は聞くな」
 これは理解出来る。私はどうもマイナスの言葉を、より重く受け止めるきらいがあるので、それを諌めてるんだなー、と。
 「見えないものまで想像するな」
 これは、私の性格を深く知ってなきゃ絶対言えない(笑) 
 人の深層心理も頭の中身も覗けるわけじゃないのに、なまじ想像力があり過ぎるとトコトン深くまで掘り下げてマイナス思考に陥り、ひとりで勝手にブルーになる、という被害妄想で爆走するトンデモナイ性格なので、それを的確に表現してる。

 「目の前の現実だけを見ろ」

 これは。
 その人の「言葉」じゃなく、「行動」を見ろってことなんだと思う。
 その人は今何をしてる?
 これから何をしようとしてる?
 何を大切にしてる?
 何を共有してる?
 
 ?はいくつもあって。
 そのひとつひとつの答えはその人の「行動」にある。
 決して「言葉」だけではない大切なことを、見逃さずに見ろ、と。
 お前が欲しがるのは「言葉」だけど、相手はそれ以上のものを「行動」で与えてくれているのだ、と。

 この言葉の意味がわかったとき、目が覚めた気がした。目からウロコが落ちた。
 私は一体、そのひとの何を見てたんだろう?
 日を追うごとに募る不安感の持って行き場がなくて、でも時間は刻々と過ぎて、タイムリミットの音が聞こえるようで、どうしようもなく焦っていたけれど。もちろん、今だって不安はある。それでも心は少し穏やかになりつつある。
 心が落ちているときは、何をやっても手につかない。
 何事も、気持ちから入る。
 解決しないと前には進めないって。ああ、一点集中型の、まさしくメンドクサイ性格……。

 ……で。
 一歩前進して周りを見る余裕が出てくると、私って何てトンデモナイ人間なんだろう……と、別な意味で心が落ちる。(あー、メンドクサイ)
 演劇に関して「感覚なんで、言葉で明確に説明出来ない」と言っておきながら、人には「言葉をくれ」なんて、よく言えたもんだよなーっと、自分の理不尽さに気付いて笑ってしまう。
 伝えたいこと、見せたいもの……。
 演劇は奥が深すぎて、実力も認識も足りなさ過ぎる自分が演出してるという事実が重い。
 最近では、自分に出来ないことを人に「やってください」と命じてる自分が、あまりにも暴君で理不尽な存在に思えてくる。「想い」を、「感情」を伝えるのに、言葉では足りない。ホンにのめりこみ過ぎてもいけない。役者に上手く伝える手段が、なかなか見つからない。


 言葉は大切だけど、それと同じくらい大切なものが確かにある。
 そのひとを見る、というのは、総合的なものだ。
 言葉も、行動も、そのひとが投げかける視線やしぐさまですべて。
 一部分だけを切り取るんじゃなくて、すべてを見なくちゃ、そのひとを表現出来ない。
 そのひとの生き様は、「言葉」じゃなく「行動」なんだ、ということも。

 これは、師が私にくれたセリフから導き出した結論。
 正解かもしれないし、間違ってるかもしれない。
 「合ってますか?」と問うことも出来るけど、おそらくその答えはくれない。
 必要なことしか言葉にしないひとだから。
 だから、たとえ師の言葉の解釈が違っていたとしても。 
 寡黙な人が考えていることを、どうしたら知ることが出来るのか?は、そのひとの「行動」が答えだと信じてる。
 ……そう考えると、いろいろ見落としてたことに気付く。
 そのひとは、いつも「とりあえずやってみる」と言うひとだ。言葉であれこれ言うよりも、体を動かして意味を探すひとだ。そのひとも以前、そういう言葉を私にくれた。
 ひとつ答えが出ると、あとからあとから気付くことがある。
 私は人を見るときは、必ず「目」を見るのに。
 「目を見ればわかる」と言っておきながら、先に目を見なくなったのは私の方じゃないのか? 
そのひとの目は、変わらず優しいものであったのに。
 そのひとの目の奥に宿る強さや純粋さ、誠実さは、出逢った時から知っていたはずなのに。
 言葉がなくなると、心も見えなくなると?
 いや、そうじゃない。
 「寡黙な人は、何も考えていないわけじゃない」と、ずっと昔から知っていた。
 目の前の現実、それは、そのひとが示してくれる行動そのもの。
 目の前にいるそのひとは、限りなく誠実に心を尽くしてくれている。
 言葉はなくとも、考えているからこそ、行動してくれているのだ。

 「行動から相手の本心を見抜け」
 そうだ。
 昔も、似たようなセリフを聞いた覚えがある。
 「すべての所作、行動には意味がある」、と。
 一挙手一投足見逃さず、相手を理解したいと思って見ていたら、言葉がなくとも、おのずとそのひとの輪郭が見えてくる。
 心が曇ると、目も曇る。
 素直に人を見る「目」でありたい、と、師の言葉に改めて思ったのでした。

 それにしても。
 ひとと話すと心が落ち着く。私にとって「ひとと話す時間」というのは、ビタミン剤を補給するようなもの。当然「ビタミン補給」というからには、「栄養」がなくちゃいけない。
 今現在、私と関わってくれてるひとから、私は「元気」をもらって生きている。
 明け方まで続く演劇談義。あーでもない、こーでもないと、次から次へと言葉の応酬。尽きることなく言葉が続くこともあれば、師のように禅問答をするひとから、的確なアドバイスをくれるひと、「大丈夫だよ」と背中を押してくれるひとまで、みんなに感謝しながら生きてます。(ホントですよっ!!)
 
 でも、ふと思う。
 私は、そのひとたちに「何か」を返せてるのかしら?
 ギブアンドテイクという言葉は好きじゃないけれど、私にくれる時間の中に、何か得るものはあるのかしら?
 全世界の人に愛を捧げるマザー・テレサには到底なれないけれど、「ウザイ」「メンドクサイ」だけじゃなく、「何か」伝わるものがあるといいな、と。
 
 もちろん、ひとと話した後は、ひとりになったときに反芻します。(牛か)
 言葉の意味や、シーンでのやりとり、そのひとならではの言葉の選び方使い方や、笑い方や表情、何気ないしぐさまで……。覚えなきゃいけないことはちっとも覚えないくせに、そういう記憶力は長けていて、こと細かく覚えてる(笑)
 師と会話を交わすと、昔の言葉のやりとりが映像シーンで鮮明によみがえってくる。一緒に働いていた場所に立っているときの感覚すら思い出す。

 それではおまけとして。
 師から教わった言葉を数えると「師の金言集」が出来てしまうほどあるのですが(笑)、その中で「オチ」の素晴らしいものをいくつかご紹介しましょう。(……決して漫才コンビを組んでたわけじゃあないですよ)
 その①
 「部分的なところだけを見て、全体がわかった気になるな」、と言われ。
 「1を聞いて10を知る、って良いことじゃないですか?」、と憎まれ口を叩くと。
 「まぁ。ある意味、お前はそういうところもある。(師と、あうんの呼吸で仕事が出来るときもある)せやけど、たいがいの場合、お前がわかってるのは1と10だけで、2から9は全部抜け落ちてる」
 ……。
 ツッコミが鋭すぎて、ボケるヒマもありゃしません。
 最初褒めといて、落とす。……ある意味、「笑いの鉄則」ですな。

 その②
 「すべての所作、行動には意味がある。その意味を、わかって(意識的に)やるのと、わからずに(無意識に)やるのとでは、まったく違う」、と言われ。
 私の行動をじっと見ていた師がヒトコト、「お前には美意識のカケラもない」
 ……。
 それ、全否定ですやん……。

 それにしても。
 昔から、同じようなことを言われ続ける私って、全然成長がないってことなんですかねぇ……。



 それではお茶にいたしましょう。
 最近は、おうちでゆっくりお茶をする、ということもなかなか出来ず……。
 秋の夕暮れ、のんびりとお茶をしたいものです。
 本日は、秋といえば、栗。なので、マロンティーを。
 最近は、フレーバーティーでも出回ってますが、私はブラックティーに栗のお酒をティースプーンに一杯。角砂糖とブランデーのティー・ロワイヤルの変形ですな。
 栗のお酒は、「栗貴酒(リグイチュウ)」というもので、チャイニーズリキュールです。ミルク割りで飲んだり、アイスクリームにかけたりと用途はたくさんあります。マロンティーは、ブラックティーよりも、ミルクティーが合うようです。(私はブラックが好みですが……)
 それではまた次回、お逢いしましょう……♪



2009-10-05 03:10  nice!(1)  コメント(1)  トラックバック(0) 
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「がんばるな」の真意。 [愛の話]

 最近、物忘れが激しくて困ります。
 人の名前がなかなか出てこない、忘れ物が多い、冷蔵庫を開けた瞬間、何を取り出そうとしてたのか忘れ、結局何も取り出さずに閉めることもしばしば。
 昨日は雨だったので傘を持って出ましたが、一度目置き忘れて取りに戻り、二度目は忘れたことを家に帰るまで気付きもしませんでした……。

 どうも、いらっしゃいまし。
 蒸し暑いですね。梅雨って感じです。
 ベタベタする湿気は不愉快ですが、水蒸気を多分に含んだ空気は、夜、とても幻想的な風景を見せてくれます。
 近隣に高い建物のないマンションの6階から眺める景色は、霧に覆われた街を見せてくれる。厚い雲の層の間から、そっと顔を覗かせるぼんやりとした月明かりの下、漆黒の闇の中にうっすらと儚い白い霧……。霧が晴れるとうっすら見えてくる、街の風景。見慣れてるはずの街の風景が、まるで違うように見える。
 同じなのに、ちょっと違うだけで、まるで違ってみえる。
 人も、風景も、摩訶不思議なものですな。
 さて。本日のお題、いつもと同じで前フリとまったく関係なく、「寡黙なひとの言葉」です。

続きをどうぞ♪


2009-06-29 17:34  nice!(0)  コメント(2)  トラックバック(0) 
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この世で一番、贅沢なプレゼント。 [愛の話]

 何が欲しい?
 こう聞かれたら、私は迷わずこう答える。「あなたの時間をください」、と。

 どうも、いらっしゃいまし。
 ミルクたっぷりのロイヤルミルクティーはいかがですか?

 先週、4月15日(水)と、17日(金)は、予定通り、「春なのに……2009」に飛び入り参加。
 伽藍博物堂で、正式参加の二劇団の方と共に、みかん遊演団による、リレー寸劇「まちあいしつ」の舞台公演がありました。
 舞台のことについてはまた後日、くわしく書きます。自分が舞台に上がるわけじゃないのに、どうしてか精神的に参るようで、公演が終わったら二、三日はグッタリしてます。テンションがさがるので、舞台のことを熱く語れないのですな。
 なので、本日はまったく違う話。久々に愛バナを。本日のお題、「あなたは休日、誰と過ごしたいと望みますか?」です。何か、たまにすごーく愛バナを書きたくなるのね♪ 恋してるのか?(笑)

続きをどうぞ♪


2009-04-19 23:02  nice!(2)  コメント(4)  トラックバック(0) 
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「婚活」に見る、最近の結婚事情。 [愛の話]

 生まれました!! ……って、このフレーズ、去年も書いた気がする……。

 どうも、明けましておめでとうございます。……って、もう12日ですか(笑) 
 七草粥も過ぎ(食べてないけど)、鏡開きも済み(鏡餅飾ってないですけど)、本日は成人式ですね。今年は「平成元年生まれ」の成人もいる年なんですねぇ。う~ん、時代は動いてるなぁ。なのにワタシはいつまでも成長せず……(泣) 今年は、せめて50記事は書く!! と決意してから日も浅いというのに……何て気まま。何てグウタラ。週イチで書かないと一年で50記事にはならないのにねぇ……。
 ま、本年も、どうぞ気ままな猫たぬきのブログをよろしくお願いいたします(--)ペコリ。
 ということで、一杯、いかがですか? ……お茶ですが(笑)

 さてさて。
 去年の新年初めのブログも「生みました!!」でしたが、それは「石」の話でして……。年末に襲った恐怖体験、尿管結石事件の続報でしたが、今回の「生まれました!!」は、ワタシが生んだわけじゃないんですねぇ(^^;
 前記事の最後でお伝えした、仲良くさせていただいてる劇団の女優さんEちゃんが、1月7日、
元気な男の子を安産で出産されたのです♪
 元気な赤ちゃんが生まれたことももちろん嬉しいですが、Eちゃんが安産だったことが嬉しい。
 昨今、妊婦の病院たらい回し報道が頻繁にある中、少子化問題で騒ぐくらいなら、妊婦が安心して出産する環境を作るということが何よりも優先されなければならないと思うんですよ。
 母親は、赤ちゃんが生まれて一番最初にその喜びを感じられる人、それはお腹を痛めて産むことの最大のご褒美。そのお母さんが元気でないとダメ。安産で、その一生涯忘れられない感動を味あわないとダメ。その感動こそが、決して楽しいだけではすまない「子供を一人前に育てる」という苦労を支えられるんだと思うから。
 だから、メールで「無事生まれました報告」をもらって、ホント嬉しかった(^^)v やっぱりママは
元気で笑顔でないとね♪
 なんて。
 自分の出産でもないのに、白熱してしまいましたf(^^; だって、ホントに嬉しかったのよ~♪
 Eちゃんも自分のブログを持ってるので(so-netじゃないけど)ときどき覗きにいくけれど、身近ですぐ逢える距離にいる人のブログにコメントするって何か変じゃない? ブログ通して会話ってまわりくどいことせんでも実際に逢えばいいじゃん!!って思うし、友達同士なら携帯で話したり、メールしたりの方が早くないか?って思うの。ブログのコメントって、実際には逢えない人とか、遠くに住んでてなかなか気軽に逢えない人とするもんだと何故か決めてるとこあるっていうか。だから、自分のブログで勝手におめでとう記事書いちゃいました(笑) Eちゃんが読んでくれてると嬉しいけど(^^;

 そういえば。
 去年、ブログで知り合った「みこさん」家で新年会をしたときのこと、みこさんの赤ちゃん「こうやマン」初お目見えで抱っこさせてもらったところ、何とワタシ、こうやマンに「ガン見」されてしまったのですね。泣き喚くわけでもなく、腕の中でおとなしく「ガン見」……。何で?! kiyoさんも、kumasuさんも同じように抱っこしたのに、「ガン見」されたのはワタシだけ……。
 で、みこさん曰く、「妊娠菌が猫ポンのところへ行ったのよ」、と。
 なるほど。
 子供って、誰よりも早く妊娠の気配に気付くって聞いたことがある。
 ふたり目の子供がお腹にいるとき、まだ妊娠が発覚する前から子供が母親の身体の異変に気付いて、突然赤ちゃん返りして愚図る、とか。お腹に手を当てて、「誰かいるの?」と聞いたりする、とか。(不思議なことだけど、こういうことがホントにあるんだって)
 子供が出来るっていうのはホント、奇跡に近いことだと思うんだ。無神論者の私だけど、これだけは人が介入出来ない領域。生命の神秘。
 しかし。
 どうやら、その「妊娠菌」(菌っていうと何だか嫌やね)は、ワタシを飛び越えて、去年3月に知り合ってからしばらく、ほとんど毎週逢って仲良くしてたEちゃんに行ってしまったようです(^^;
 その頃、彼女も人生の岐路に立っていて、いくつも選択肢のある中で、何を一番に考えるか?
何を選ぶか?と迷っていたところだったみたい。だからもしかすると、あの時期、あの瞬間、私と彼女が惹かれあったのは、おそらくその「何かのキッカケ」を運ぶ役目に私が任命されたからなのかもしれない。
 ……って、ワタシは「コウノトリ」かい?!(笑)

 と、いうわけで。
 今年の新年しょっぱなは、「おめでたい話」でスタート出来たことは、とても嬉しいです(^^)♪(……去年生まれたのは「石」だったからねぇ……)
 みこさん家の「こうやマン」、だい吉さん家の「なおっさん」、Eちゃん家の赤ちゃん(まだ名前は聞いてないのよ)、自分家に子供はいないけど、すくすくと育っている子供の成長を見守るのは嬉しいことですな。(みこ姐さん、メールに「こうやマン」の写真添付ありがとー♪ 大きくなったねぇ~(^^; なかなかそちらのブログに見に行けないから、とても嬉しかったよ~ん)

 さて。
 今回前置きがものすごく長くなって、この流れでいくと「妊娠」や「出産」とか、「生命の神秘」系のお題が来ると思ったでしょ?
 フッフ(--) そこは、偏屈天邪鬼猫たぬき。そうは問屋が卸すまい。もちろん成人式ネタでもないのよ。(どこまでもヘソマガリ)、ま、前フリと多少の繋がりはあるかもしれないね。これも「人の力では及ばないこと」だから。
 本日のお題「婚活で本気の恋は芽生えるのか?」です。

続きをどうぞ♪


2009-01-12 16:36  nice!(3)  コメント(15)  トラックバック(0) 
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体に栄養、人生にも栄養を。 [愛の話]

 「好き嫌いがありますか?」

 …・・・と問われたら、どうお答えになるでしょうか?
 そりゃね、誰にだって、嫌いな食べ物のひとつやふたつはあるさ、と答えが返ってきそうですが。
 超お久しぶりでございます。猫たぬき、久々の更新です(^^)ノ♪
 いや~……7月の更新、これが初ですか。
 どんだけサボってんねん!! とお思いでしょうが、今週水曜日に公演の「水曜いきまShow」の
芝居稽古で連日お出掛けなのでありまする。(あの!! あの引きこもりんの猫たぬきがですよ!!)
 チケットの売れ行きもよく、まもなく満員御礼となるそうです。
 ありがたいことですなぁ!!
 ……と、今回は芝居の話ではございません。

 どうも、いらっしゃいまし。
 お茶をご一緒にいかがですか? 本日のお題、「好きと嫌いの間には……」です。

続きをどうぞ♪


2008-07-21 02:46  nice!(5)  コメント(12)  トラックバック(0) 
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言われて「グッときた」愛の言葉は何ですか? [愛の話]

 「グッときたぜよ!!」(←長瀬クンの名セリフです)と感じる、ヒトコトって、ありますか?

 どうも、いらっしゃいまし。
 香り高い静岡の新茶を一服、いかがですか?

 さてさて。ご無沙汰いたしております。猫たぬきだす。
 6月に入って最初の更新♪ 本日、ワタクシの、そろそろあまり嬉しくない年齢のバースデー&
ブログ開設二周年でもありまする♪
 2006年の今日・・・。
 静岡の片隅でひっそりこっそり始めた「ひねくれコラム」が、気付けば100000アクセスを超え、はたまたブログの中のみならず、実際にお逢いしてお付き合いさせていただく仲間も出来た二年でした。月日の流れが早いことを実感しつつ、人と人との目に見えない繋がりを感じます。縁って、
やっぱり素晴らしいですね!!(←水野晴郎風にどうぞ♪)
 最近の猫たぬき、近況なんぞを話しますと・・・。
 以前のように、一週間でも二週間でも、お茶と「水曜どうでしょう」さえあれば、「お家大好き♪引きこもり系の主婦」から、最近は、「アクティブ♪猫たぬき」に変身して、週に三日はお出掛けしております。(・・・普通か?)
 外へ出掛けるということは、もちろん人と会話する機会も多くあるわけで。
 ブログネタには不自由しないが、如何せん書く時間がないというジレンマ・・・。うう(><)。。。
 しかししかしっ!! 最近、とぉーっても「いいネタ」を仕入れましたので、これは書かなきゃいかんだろっ!! と思いました。
 「鉄は熱いうちに打て、愛バナはアツアツなうちに書け」、と。(・・・誰の言葉?)
 二周年記念日に相応しい、猫たぬきお得意の「愛バナ」を書きたいと思います。
 本日のお題、「グッときた愛の言葉」です。最近は、台本直しの日々なので、どうも「甘いセリフ」には敏感なんですな・・・。

アツアツな愛の言葉の続きをどうぞ♪


2008-06-10 00:51  nice!(4)  コメント(9)  トラックバック(0) 
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「白いシャツを着た男性」が輝いて見えるワケ。 [愛の話]

 本日書くお話は、愛バナというよりも、私の妄想全開話・・・と言えるでしょう・・・。

 どうも、いらっしゃいまし。
 お暇でしたら、どうぞお茶でも飲みながら、お付き合いくださいませんか?

 先日の舞台感動話から一転、またまた恋愛検証話です。「貴之」役を演じてくださった役者さんとの会話の中で生まれたお話。本日のお題、「ドキッとするアイテム」です。

 

続きをどうぞ♪


2008-03-07 17:30  nice!(5)  コメント(14)  トラックバック(0) 
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バレンタインに、ちょっとビターな恋愛論。 [愛の話]

 どうも、いらっしゃいまし。
チョコレートとご一緒に、コーヒーはいかがですか?

 さて。今日は何の日♪ 
 そう。バレンタインデーでございます♪
 日本では、「女子から好きな男子へ、チョコレートに気持ちを託して告白する日」なのですが、欧米では男性から女性へ愛を贈る日なんだそうな。花やフラワーアレンジメント、小物のプレゼントなどが人気らしい。これを日本に取り込もうと各業界がしのぎを削っているらしいけれど、定着しないんじゃないかな? だって、バレンタインデーが男女どちらからでもOKになると、逆にホワイトデーの威力が薄れるもの。「チョコのお返しはヒカリモノ」という法則を定着させた宝石業界が黙っちゃいないのではないだろうか。商戦は文字通り戦いなのね(笑)
 ま、ワタクシには一粒何千円もする「ホントにチョコレートの値段か? オイッ!!」とツッコミたくなるような、お高いチョコレートにはまるで興味がなく、毎年お手製のザッハトルテを焼きます。ビターチョコレートたっぷりの甘苦いガトーショコラ、さらにラム酒入りチョコレートソースでコーティング。果物と、ほんのり甘いホイップクリームをたっぷり添えて、ブラックコーヒーと共に供します。これが殿お気に入り、猫たぬき家の定番バレンタインデー♪
 
 最近思った不思議なこと。
 ちょこちょこと忙しくて、前ほど真夜中のブログ徘徊もままならないのですが、不思議と「男と女の恋愛事情」を綴ったブログは、同じようなキーワードがあることに気付いた。本日のお題、「男も女も基本は同じ」です。

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2008-02-14 23:47  nice!(8)  コメント(19)  トラックバック(0) 
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相性の不思議。 [愛の話]

 どうも、いらっしゃいまし。
熱いお茶を一杯、いかがでせうか?

 ご無沙汰いたしております、猫たぬきでございます。
 あまりにも更新がないため、「猫たぬき、死んだんじゃねーか?」と、お思いのお方もいらっしゃいましょうが、なんとか生きておりますです、はい。
 さて。
 この記事で、200記事。去年の誕生日から始めて一年と半年。先月の6日から一ヶ月以上ブログの更新をしてないにもかかわらず、久々にパソコンを立ち上げてみればアクセス数は90000を超えてまして、誰かはわからないけれど、ご訪問してくれている方がいらっしゃるのだなぁ・・・と、しみじみ感じました。あまりにも更新がないので、ご常連の方からは「生きてるかい?」というコメントをいただくことも・・・(笑) こうしたやり取りがあるのも、ブログを続けているからなのですな。ありがとうございます(--)ペコリ。無事、生還いたしましたですよ(笑)
 「どこかで誰か読んでくれてる人がいる」と思えるからこそ、ブログを書く甲斐があるというもの。
 あ、そうそう。更新してない間に、ひとり、読者数が増えてました!! どなたか存じませんが、お読みくださってありがとうございます(^^) もし、よろしければコメントなどくださいまし。
 200記事目の記念の更新。世の中のニュースにいろいろ腹の立つこともありますし、秋ドラマの感想など、書きたいことは多かれど、やはり記念のお題はこれでしょう。当然「愛バナ」(笑)
 本日のお題、「夫婦の相性」です。密かに人気の(?)恋愛検証系ですな。

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2007-12-21 23:56  nice!(5)  コメント(13)  トラックバック(0) 
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