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想いは夢を駆け巡る。~愛しのフランキー・ヴァリさま その②~ [音楽の話]

 夢でもし逢えたら、素敵なことね。あなたに逢えるまで眠り続けたい♪
 ・・・という歌が昔ありましたね。
 好きだなぁ、この歌詞。

 さて。
 前回、愛しのフランキー・ヴァリさま その①は、彼の音楽との出逢いについて書きましたが、本日はちょっと不可思議な現象について書いていきます。
 本日も「フランキー・ヴァリ」 愛、満載でお送りします。
 
 「フランキー・ヴァリ&ザ・フォー・シーズンズ」ネタ、第2弾♪
 その前に、恒例の長~い前フリにお付き合いくださいまし^^;

 人は眠っている間に、夢を見る。
 何度か書いているので、覚えていらっしゃる方もいるかもしれませんが、私は1年中、ほとんど毎日夢を見る。365日中、350日は確実に見る。もちろん、夢の内容をすべて明確に覚えているわけじゃない。ほとんど覚えていないこともある。しかし、断片的にでも何かしら夢の記憶があり、朝起きて、まったく夢を見なかったと思う日は1年に数えるほどしかない。(よほど体が疲れていたか、熱があるなど身体に不調があったか、くらいしか覚えがない)
 

 以前、どこかで聞いたことがあるが、日本人は生真面目さゆえに、夢を、それも悪夢を見やすい性質を持っているのだという。
 外国人のように、寝る前にハーブティーを飲んだり、寝室を間接照明にしたり、アロマキャンドルの中で本を読んだりしてリラックスモードに入ってから眠りにつくのと違い、日本人は、眠る直前までパソコンで仕事をしたり、資料を読んだり、はたまた、1日の仕事の反省をしたり。明日のスケジュールを確認する、シュミレーションするなど、仕事や学校での出来事、現実を引きずったまま眠りにつくからなのだとか。

 悪夢、とはまでは言わないが、私はなぜ毎日夢を見るのか? と、考えてみたところ、非常に寝つきの悪いことが要因かもしれない。眠るまでに時間がかかるタイプ。睡眠障害・・・とまでは思わないが、日によっては、眠りに落ちるまで何時間もかかることがある。(そんなときは、眠るのを諦めて起きることにしている)
 眠りにつくまでの時間がもったいないと思ってしまう貧乏性ゆえ、書いているシナリオの続きとか、何かしら物語を考えながら眠りにつくことが多い。あるいは、その日見た映画やドラマのことを思い返してみたり。なので、夢もストーリー性を帯びていることが多々ある。

 子供の頃からずっと見ていたジャッキー・チェン映画の影響なのか、レイモンド・チャンドラーの影響なのか、アクション映画やのような夢、ハードボイルドなミステリーの夢を見ることもある。夢の中なのに、銃で撃たれると結構痛い。(数日後に撃たれたところに青タンが出来てるのを見ると、夢と現実はシンクロしていて、夢で撃たれたときには、現実にはベッドの角とかにぶつけてると思われる・・・。寝ながらどんだけ暴れてるんだろうか・・・?)
 さすがに夢だから、爆発に巻き込まれても、銃で撃たれても死なないけれど、甘いラブストーリーにはまるで縁がなく、前世で何の悪いことをしたんだか、殺し屋に命を狙われるようなサスペンスストーリーが多いのは、現実とシンクロしてる??? 敵が多すぎる性格ゆえかしら・・・(泣)
 しかし、そんなスペクタクルな夢を見ても身体が疲れるわけではなく(当たり前?)、寝起きのタイミングにさえ気をつけていれば、疲れが残るとか、眠いとかいうことはない。
 時々、目覚めてもすごくはっきり覚えている画があって、そのままシナリオになるんじゃないか? と思うこともある。しかしながら、物書きのくせに、書き留めるという習慣がなく、数日後にはキレイさっぱり忘れているのですが・・・。(ダメダメやん)

 ストーリーだけじゃなく、夢で現実の続きを見たりするときもある。
 例えば、友達と口げんかしたり、何か対人関係のトラブルがあった日は、そのことを思い返しながら眠りにつくので、まるでリプレイのような映像や、はたまた現実かと思うほど鮮明に、自身の反省を促すような説教的ストーリーの夢を見たりする。
 そういう夢は、起きてもほとんど正確に思い返せるほどしっかり覚えている。(罪悪感が見せる夢なのか、夢の中だと素直に反省出来るのかわからないが)
 夢とは思えないほどリアルだったりすると、現実に、夢の続きが展開されるのかと、夢を見た数日間は同じ失敗をくり返さないようにしようと、言動に慎重になったりする。(が、すぐ忘れる・・・)

 さて。
 眠りについても少し考えてみる。
 他の人は、眠っている間のことは、夢を見る以外に何か、例えば、感覚などを覚えているものだろうか。
 私は眠っている間は、どこか身体が深く沈んでいるように感じている。
 目を瞑り、ストーリーを頭の中であれこれ考えている時間から、ストンと眠りの時間に陥る。その交差する瞬間を覚えてるわけではないが、意識がなくなると同時に、身体がどこか深いところへ沈み込んでいく気がする。
 なぜなら、眠りから覚める瞬間、どこからか身体が浮上する感覚が必ずあるからだ。
 時折、人間とは、眠っている間は現世と離れ、意識だけではなく、身体ごと別の次元へと浮遊しているのではないか、と思うことがある。
 明け方に夢を見ている場合、その感覚を一層強く感じる。
 夢に必ず結末があるか、というと一概にそうではなく、夢が外界の音に反応して、あっちこっちに話が飛んで、ストーリーとしては全然まとまらないまま眠りから覚めるときもある。どちらにしても、目覚める前に、身体が浮上してくる感じで、閉じている目の裏が明るくなったら自然と目を開く。
 先ほど、「目覚めのタイミングに気をつければ」と書いたが、それが、この「身体が浮上する感覚」のことである。
 それは眠る時間の長短ではないらしい。
 たった3時間でも、身体が浮上してくるときもあるし、10時間寝ても深く沈んだままのときもある。だから、決まった時間に目覚ましの機械音で強引に目を覚まさせられるのが一番辛い。身体が重く沈んだままの状態で、夢の世界から強制的に引き戻されると、一日中身体が重い。

 少し話はそれるが、中学生のとき、あまりにも偏頭痛に悩まされた時期があったので、さすがに親が脳腫瘍などの心配をして脳神経外科にかかったことがある。
 ま、結果は今の歳まで生きてるのだから、当然、重大な病気ではなかったのだけれど、偏頭痛はそれからもなかなか治らなかった。特別に異常があるわけでなく、医者の診断は「体質でしょう」という、何度も検査した割には、何とも曖昧な診断結果だった。(だから病院って嫌い・・・)
 その時の問診の様子を鮮明に覚えている。
 医者が母親に問うたのは、「彼女は朝、きちんと目覚められますか?」というものだった。
 その質問にうちの母親はバカ正直に、「いえいえ。毎日叩き起こさないと起きません」と、答えた。(他に言いようはないのか・・・)
 そうすると、医者はしばし黙り、「無理に起こすのは止められた方がいいですね。自分で目覚めるまで起こさないほうが」
 と、言いかける医者を遮るかの如く、「先生、この子が自分で起きるの待ってたら、毎日学校に遅刻しますから」と、我が母親は医者を絶句させたのだった。(う~ん、この「余計なひと言を言う」という悪癖は、我が家の呪われた遺伝としか考えられない・・・)
 
 その時は深く考えなかったのだが、この時医者の言った、「偏頭痛と目覚めの関係」は、確かに重要なのではないか、と思っている。
 きちんと身体が浮上してから起きる日は、不思議と偏頭痛にならないことが多いからだ。
 適切な眠りは、すっきりとした目覚めを連れてくる。

 そして、夢は。
 夢は、不可思議な現象を、現実にする鍵を握っている。
 

 さて。お待たせしました。やっと本題です^^;
 「夢」について。

 夢占いや、夢診断、吉夢や凶夢など、日常生活に影響を与えることを教えてくれるのも夢だが、人はなぜ夢を見るのか? 夢の正体は何なのか? 夢はどこからやってくるのか? というメカニズムは、未だ解明されていない。
 
 私は365日、ほとんど毎日のように夢を見る、と冒頭で書いたが、その夢は当然毎日違うもので、昨日の夢の続きを今日見る、という器用なことも、もちろん出来ない。

 しかし、である。
 そんな私の夢事情も、フランキー・ヴァリ氏の存在を知ったときから、ある変化が起きた。


  BS-TBSで放送していた音楽番組「SONG TO SOUL~永遠の一曲~」の番組の中から、私はいろんな情報を得た。
 彼らの青年時代のことを題材にしたミュージカル、「ジャージーボーイズ」がアメリカで何度も上演されていること。
 フランキー・ヴァリ氏は、今も現役で公演をしていること。(放送のVTRでは、2012年1月18日のコンサートの模様が映し出されていた)

 好きになったらとことんしつこいタイプ(笑)
 もっとフランキー・ヴァリ氏の情報を得ようと、あらゆる情報を探した。
 発売されているCDや、ミュージックビデオなどの情報、ネットでは、彼のものすごくコアなファンが、彼らの活動を詳細に綴るブログも発見した。
 しかし、そのブログにはこう書かれていた。
 「フランキー・ヴァリ氏の来日は未だ一度もない」、と。

 あれだけ一世を風靡したヒット曲がありながら、日本では一度も公演をしていない。
 ミュージカル「ジャージーボーイズ」も、もちろん日本で上演されたことはない。

 なぜ?!
 

 ・・・と、いうことは。
 生身のフランキー・ヴァリ氏の声を聴きたければ、アメリカへ行くしかないのだ。

 出来ることなら、一生、日本語の通じないところへは行きたくないと思っている私。
 日本語でさえ意思疎通の難しい私が、言語の違いがあるところで、上手くコミュニケーションを取れるわけがない。と、断定出来る。

 だとすると。
 どんなにどんなに逢いたくても。
 どんなにどんなに声が聴きたくても。
 諦めなきゃならないことが、この世にはたくさんあるわけで・・・。

 しかし。
 しかし、である。
 この「フランキー・ヴァリ氏は来日したことがない」、という事実を知ったそれからほどなくして、私の夢に不可思議な現状が起こり始めたのだ。

 ほぼ毎日と言っていいほど、フランキー・ヴァリ氏が、夢に出てくるようになったのである。 
 ヴァリ氏は、椅子ソファかに座って、こちらを、ただ見つめて微笑むだけで、何かを語りかけることはない。その顔は、BS-TBSに出演していた通り、今の年齢のフランキー・ヴァリ氏に間違いなく、私は彼から少し離れた場所に立っている。(と、思われる)
 対面する位置から、ただ同じように見つめるだけで、お互いひとことも話すことなく夢から覚める。
 夢の時間は長いときもあり、数秒のときもある。夢の時間が長いときは、ヴァリ氏が何かを言いかけるように口を開くときもあるのだが、その声は聴き取れない。

 その夢は、まるでBS-TBSで見たインタビューの続きのようであり、私が何か言ったことに対して、答えをくれたように思う夢である。

 夢を見るのは必ず目が覚める直前。
 身体が浮上してくる感覚がして、視界がぼんやりとし始める。
 ヴァリ氏の姿が霞んで見えなくなると同時に、目が開く。

 もちろん、毎日見るわけじゃない。
 しかし、目覚める直前に見る夢だから、見たときは必ず覚えている。
 夢のシチュエーションは変わることなく(時間の長短があるだけで)、ヴァリ氏は必ず座っている状態で、こちらを見ている。
 私は何を問うたのか?
 彼は何と答えたのか?
 何度夢を見ても、声は聴こえない。

 「ファンになったから、そんな夢を見るんちゃうん」
 そう言われた。
 確かに。
 そう考えるのが一番正しい。
 しかし、見る回数が増えるごとに、「本当にそれだけなのだろうか?」と疑問符がつく。
 今まで、どんなに好きな人が現れても、毎日のように夢をみることなんてなかった。
 誰かと付き合うようになっても、その人が同じシチュエーションの夢で登場するなんてことはなかった。
 過去の夢を遡って考えても、「好きだから夢に見る」というわけでもなさそうだ。

 幾度、同じ夢を見ただろう。
 必ず目覚める直前に見る夢。
 見るたびに時間は短いことが多くなり、ただ、ヴァリ氏の微笑んだ顔だけを見ることもあった。
 映像で見た、私の最も好きな表情。
 

 フランキー・ヴァリ氏は、インタビューにこう答えていた。
 「こんなに長く続けられたことが信じられないよ。なんて素晴らしいことだろう」
 「私は出来る限り音楽を続けたい。あと数年だとしても感謝するよ」

 音楽のことを語るとき、彼は眼鏡の奥の目をキラキラと輝かせ、とても78歳とは思えないくらい少年のような表情になる。
 私が人を好きになるとき、必ず惹かれるのが目だ。
 目の輝きは、その人の本質が映し出される。
 フランキー・ヴァリ氏は、本当に歌が、歌うことが好きなのだ。

 インタビューは続く。
 「人生のすべてに感謝している」

 ああ・・・。
 やっぱり私はこのひとが好きだ。

 順風満帆な人生などありはしない。
 どんな人の人生にも、苦難はある。
 そのすべてに感謝できる、そんな素晴らしいひとが、画面の向こうにいる・・・。
 CDを買い、当時に撮影された若かりし頃の彼らの写真が、ジャケットやライナーノートのそこここに載っているが、私は若かりし頃のフランキー・ヴァリ氏より、今のフランキー・ヴァリ氏の方が好き。
 「人生のすべてに感謝している」と言える、年齢を重ねるごとに洗練された彼の顔が好き。
 表情が変わるたびに覗く顔の皺も、すべては彼を輝かせる魅力になる。
 

 ヴァリ氏は、インタビューをこう締めくくっている。
 「(Can’t take my eyes off you は私のために作られた曲だから)ずっと歌い続けるよ」

 名曲はどれだけ時を経ても色褪せない。
 歌いたいという強い想いがある限り、ずっと歌い続けられる。
 いや、ずっと歌い続けてほしい。
 ずっと。
 本当に、ずっと。

 それから毎日、フランキー・ヴァリ氏の「Can’t take my eyes off you」を聴いて過ごしている。
 何度も何度も聴きたくて、CDから、この曲だけをまるごとMDに入れて聴いている。(機械音痴な私の音楽機器は、MDで時代が止まっています・・・)
 何度聴いても飽きることなく、本当に一生の間、この1曲だけを聴いていたいとさえ思った。
 そんなとき。
 ふと、そういえば、この頃あんまりヴァリ氏の夢を見ないな・・・と思った。
 そのことに気付いたのは、ある衝撃的な情報を聞いたときである。

 「(フランキー・ヴァリ氏の)コンサート、東京でやるんやって?」

 その瞬間。
 私の中で、時間が止まった。
 いや。
 止まったというよりもむしろ、ものすごい速さで逆回転したように感じた。
 

 あの夢の意味は・・・。

 今まで一度も来日したことのない彼らが、どうしてこのタイミングで来日するのだろうか?
 昔、来日したことがあって、再度来日するというのであれば、ただの偶然で片付けることが出来る。しかし、デビューから50年以上も経って、その間、一度も来日したことがないというのに。
 なぜ、今?
 しかも、1日限りの公演なのだ。

 なぜ?!

 夢の中で、私は、彼に何を問うていたのか?
 夢の中で、彼は、その問いにどう答えたのか?

 
 予知夢だったと言いたいわけじゃない。 
 だけど。
 「想い」というものは、時空を超えて、現実じゃない、夢の中にまで入り込むことがあるのかもしれない、と、本気で思った。
 

 逢いたい。
 声が聴きたい。

 そんな強い想いが、夢を駆け巡る。
 夢は、時間も空間も飛び越える。
 常識も、理論も、すべてを超越する。
 「そんなバカな」「ありえない」ということさえも、可能にしてしまう。
 もしかすると、知らない者同士が夢の中で出逢い、約束事を交わすことも、あるかもしれない。

 私は夢の中で、架空の、もう1人のインタビュアーとなり、きっとこう問うた。
 「あなたのファンは、日本にもきっと多くいます」
 「だから、日本で公演をしてください」

 彼はどう答えたか?

 9月13日の日比谷公会堂で行なわれる1日限りの初来日公演が、その答えを示している。

 もしかしたら。
 私1人だけがヴァリ氏の夢を見ていたのではないかもしれない。
 彼のファンすべてが、彼の来日を望み、日々、夢で願いを唱えていたのかも。
 だとすると、ヴァリ氏の夢の中の人口密度は、渋谷のスクランブル交差点の比じゃないそれとなり、きっと返事も大変だっただろうと、想像するとおもしろい。
 そう。
 夢はすべてを可能にするのだ。


 「夢は必ず現実となる」
 少なくとも、これは真実だ。
 私にとって。
 夢が叶えられたからこそ、彼はもう私の夢の中に現れる必要がなくなったのかもしれない。
 夢でもし逢えたら・・・。
 もう今は、夢で逢えるまで眠り続ける必要はなく、現実に、あとひと月で、生身のフランキー・ヴァリ氏の声を、この耳で聴けるのだ。
 あの、甘く蕩けるような声の洪水の中に、この身を浸すことが叶うのだ。
 なんて素晴らしいことだろう。
 今は、目覚めるたび、ヴァリ氏がこの空の下のどこかで公演しているのだと思うと、待ち遠しい気持ちで心が逸る。
 しかし、ヴァリ氏の公演は、文字通り「一夜限りの夢」
 満月の前日が嬉しいように、待っている今が一番楽しいのかもしれない。


 もしも。
 もしも願いが叶うなら。
 もしも他人の時間を1分間だけ盗めるとしたら、私はフランキー・ヴァリ氏から時間を盗みたい。
 私の願いは、フランキー・ヴァリ氏にひと目逢い、「私に見覚えはありませんか?」と聞くこと。英語で問うなら、「Do you remenber me?」となるのだろうか? 「Do you recognize me?」の方がより正確かな?(英語はまったく得意じゃないです。間違ってたら、ご指摘お願いします・・・)

 常軌を逸した話、信じられない話、ありえない話。
 こんな夢の話をしても、一笑に付されるだけかもしれないが、もしかしたら・・・?
 私が夢で見ていたように、ヴァリ氏も、東洋人の、それもタヌキに似た丸顔の見知らぬ女が、毎晩夢の中で「来日公演しろ」と懇願する悪夢(?)を見続けていたかもしれない。それに根負けして来日したのだ、と言うのではないか、そんな愉快な想像をしている。

 夢のメカニズムは、まだ解明されていない。

 これは、単なる偶然か否か?
 想いは夢を駆け巡る。
 「ありえない!」ことが、現実になる。

 もしかしたら、湯川教授にも解けない、難問かもしれない。


2013-08-04 04:21  nice!(1)  コメント(3)  トラックバック(0) 

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コメント 3

猫たぬき

こんばんは、COLEさん^^; nice!ありがごうございます♪

by 猫たぬき (2013-08-21 22:38) 

あすなろう

ご無沙汰しています!
相変わらずスゴイ分析ですね。
by あすなろう (2015-04-03 17:38) 

猫たぬき

ご無沙汰してます、あすなろうさん^^;
スゴイ分析と言いますか何と言いますか(笑)夢と妄想と現実が、ごっちゃになって、時々目が覚めて「これは現実か? 夢の続きか?」と、しばし考えることも・・・^^;

実はコンサートで、人生初めての出待ちをしまして、目の前で憧れの

フランキー・ヴァリさまと握手していただけたのですが、憧れのヒトに逢えたという現実にいっぱいいっぱいで、質問どころか、声が出ませんでした。
現実は夢の通りには行かないものです(笑)

彼の生の歌声は、迫力に溢れていましたよ^^;


by 猫たぬき (2015-05-23 00:43) 

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